40番 観自在寺
雨の中の昼飯(19日目) (2003/3/31)
宿(6:20)→観自在寺(40)→宿(14:40) 33.4km
伊予は 「菩提の道場」 と言うらしい。
阿波が 「発心」 で準備。土佐が 「修行」 で、そして今日から 「菩提の道場」 です。
と、言うことはこの伊予で悟りを得ることが出来るのか?
いやいや出発前と今の自分の違いは体が疲れているだけで、内面の変化など無く悟りなどとんでもない。
ただ自然を見る目が優しく深くなった気がしないでもないが、それだけです。
伊予の出発は雨から始まった。
阿波、土佐は二日目が雨だったが伊予は初日から雨。
何か良からぬ事がおきる前兆か?
出発のとき宿の女将に今日のコースを聞かれた。
「松尾大師の峠越えをする」 と言うと女将は雨で危ないから国道を行けと言う。
「私はトンネルが怖くて嫌いだ」 と言うと
「他のお遍路さんもトンネルはイヤだけど、それよりイヤなのは人家が無くて人の居ない所。まして山道は道に
迷いそうでとても怖いと言う。今日は雨も降っているから国道の方が安全だ。」 と盛んに国道を行くように進める。
仕方なく 「そうですね・・・・・・」 と言葉を濁しておいた。
確かにハイキングなどに慣れていない人は山道への不安があるかもしれない。
しかし山道は入口さえ間違わなければ後は道標や遍路札が案内してくれるので、街中を歩くより安心して歩く
ことが出来る。今まで歩いてきた山辺の遍路道でも道に迷う所や危険な場所はなかった。
ただ山道はトンネルを歩くより大分距離が長くなり、疲れた足にはきつい面もある。
遍路の期間が長くなればなるほど、トンネル派の遍路が多くなるのも道理かもしれない。
私も当初のトンネルを歩くことに対する偏見も大分薄れてきていたが、今日もやはり山道を行く。
出発時はしとしと雨だったが県境を越える頃は完全な本降りになってしまった。
こんな雨の日は景色も見えずただ歩くだけになる。靴はビショビショだがもう諦めの心境で苦にしても仕方ない。
昼飯のお結びを食べたいのだが適当な場所も無い。
せめて軒先でもと思うのだが何故かどの家も拒絶しているように感じてしまう。
空腹になるとガクンと力が落ち歩く速度も遅くなる。注意力も散漫になり遍路札を見落としたりする。
今日も雨の中、空腹に耐えながらトボトボと肩を落とし俯きながら歩くしかない。
空腹に我慢できず県道脇の側溝の上にあった庚申塚で昼飯を食べることにする。
ザックの一番上からコンビニで買ったお結びを取り出し食べるのだが、屋根は自分の菅笠だ。
お結びを持った手はいつも顔の近くにしておかないとお結びが雨に濡れてしまう。
食べ終わっても海苔が付いた手を洗う所は勿論無い。
仕方なく雨水が溜まった道路のくぼみに手を広げピシャピシャと舗装面に海苔をなすり付ける。
それでも空腹が満たされるとまた歩く気力が湧いてくる。
庚申塚に 「南無大師遍照金剛」 を三回唱えて出発だ。
40番観自在寺を打ち終わり歩いていると霧が出てきて景色は見えなくなった。
潮の香りがしてきたので海が近いに違いないと思ったら、それこそ突然目の前に水面が現れた。
波が無く湖のように感じるが海に違いない。だが霧がかかっていて景色は見えないので何とも言えない。
その水辺の横に郵便局があった。
今日の宿は郵便局の横のはずと、雨を避けながら地図で確認すると柏郵便局となっている。
看板を確認すると間違いなく柏郵便局だ。宿はと見回すと探すまでもなく隣が宿だった。
これで伊予の初日は雨の中の33kがやっと終わりだ。
宿は新しい建物で1階が食堂になっている。
店内を濡らしてはと思い、食堂の入口で雨具の整理をしてから中に入る。
「いらっしゃいませ。気を使ってくれて済みませんね」 と外を見ていたのか宿の人が言ってくれた。
こっちが気を使えば相手が感謝してこういう一言を言ってくれる。これだけで雨の中の苦行も半減する。
そして次なる恩恵は、ランドリーで濡れた衣類を洗濯も乾燥も出来た事だ。
洗濯場の横にあった風呂も大きく2回も入る事ができた。
これで明日も元気に出発できる。
新しいと言うものは気持ちが良いものだ。とつくづく感じた一晩だった。